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大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)57号 判決

原告 藤本喜代

被告 国

訴訟代理人 麻田正勝 勝谷雅良 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一一九万一〇〇〇円と、これに対する昭和四九年一〇月八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外旭税務署長は原告の姪である訴外木村旦子に対し、昭和四〇年度の所得税として本税額九六万五二〇〇円、附帯税額二二万五八〇〇円の賦課決定処分(以下本件処分という。)をしたので、原告は国税通則法四一条一項により、同訴外人のために右国税を納付した。

2  本件処分は、同訴外人が家督相続した別紙物件目録〈省略〉記載の土地(以下本件土地という。)を、昭和四〇年中に訴外丸住製紙株式会社(以下丸住製紙という。)に売渡した(所有権移転登記をしたのは同年二月一一日)ことにより生じた譲渡所得につきなされたものであるが、訴外伊東ヂウは木村旦子の右家督相続を無効であるとして、大阪地方裁判所に対し、木村旦子および丸住製紙を被告として、家督相続を原因とする木村旦子への所有権移転登記および売買を原因とする木村旦子から丸住製紙への所有権移転登記の各抹消登記手続を求めて訴えを提起したところ(当庁昭和四二年(ワ)第六二八二号)、昭和四三年八月三一日訴外伊東ヂウ勝訴の判決が言渡され、さらに丸住製紙は右判決を不服として控訴したが、昭和四五年五月二八日控訴を棄却され、右判決は確定した。

3  右判決の確定により、昭和四〇年中になされた木村旦子から丸住製紙に対する本件土地の譲渡は終局的に無効となり、従つて木村旦子に対する本件処分も、課税要件の重要な一部を欠き、無効といわざるを得ないから、被告は法律上の原因なくして前記所得税の本税、附帯税の合計一一九万一〇〇〇円を不当に利得し、原告は右金額を第三者納付したことにより、同額の損失を被つたといわねばならない。

4  よつて、原告は被告に対し、右不当利得金一一九万一〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月八日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項中、旭税務署長が木村旦子に対し、昭和四〇年度所得税として税額九六万五二〇〇円の決定をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同第2項中、本件土地登記簿上に家督相続を原因とする木村旦子への所有権移転および売買を原因とする木村旦子から丸住製紙への所有権移転の各登記のあることは認めるが、その余の事実は不知。

3  同第3項の主張は争う。

二  被告の主張

1  本件処分に関する税務書類は、保存年限を経過したためすべて廃棄されているが、仮に、原告主張どおり、本件処分が木村旦子から丸住製紙に本件土地の譲渡がなされたことを課税原因とするものであり、そうして後日、確定判決により右譲渡は無効であるとされたものであるとしても、被告のした本件処分は無効ではない。

即ち、課税処分が無効であるというためには、その処分時において、当該課税処分に重大かつ明白な瑕疵の存することが必要であるというべきところ、本件処分時においては、木村旦子と丸住製紙の間には本件土地についての有効な所有権譲渡行為が存在し、木村旦子は昭和四〇年中に右譲渡より生じた経済的成果を実際に亨受していたのであるから、その後になつて右譲渡行為を無効とする判決が確定し、課税要件の一部が欠けることになつたからといつて、当然には本件処分が無効となるものではないのである。

原告の救済は、国税通則法二三条二項一号による更正の請求或いは同法七一条二号に基づく職権による更正にこれを求めるべきものであるが、本件においては、いずれも法所定の期間を徒過しており、法的な救済は不可能である。

2(一)  仮に、原告の主張する如く、本件処分が無効であるとしても、これにより生じた誤納金は、いわゆる公法上の不当利得の性質を具有するので、民法の不当利得の規定の適用は排除され、国税通則法五六条により処理すべきであるところ、誤納金に係る国に対する還付請求権の消滅時効期間は同法七四条一項により五年と定められている。(消滅時効の起算日となる「請求することができる日」は、課税処分が無効である場合においてはその納付日である。)。

ところで、原告が本件国税を納付したのは、

昭和四二年一一月八日 九六万五、二〇〇円

昭和四三年一月一八日 五万円

同   年二月 五日 五万円

同   年三月一三日 五万円

同   年八月 一日 七万五八〇〇円

であり、いずれの納付金額についても、本件訴提起時(昭和四九年一〇月二日)において、既に納付日より五年以上を経過しており、消滅時効が完成している。

(二)  誤納金の還付請求権者は、現実に国税を納付した第三者(原告)ではなく、本来の納税義務者(木村旦子)であると解されるので、原告からの本訴請求は失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  訴外旭税務署長が訴外木村旦子に対し、昭和四〇年度の所得税として税額九六万五二〇〇円の決定をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、同署長が右所得税につき加算税一七万二三〇〇円の賦課決定をしたこと、右所得税本税額九六万五二〇〇円、附帯税(右加算税および延滞税)額二二万五八〇〇円の合計一一九万一〇〇〇円を、原告が木村旦子のために第三者納付したことが認められる。

二  そこで、以下右所得税および加算税の賦課決定(以下本件決定という)に、これを無効とする瑕疵が存するかどうかを検討するに、〈証拠省略〉によれば、木村旦子は家督相続により本件土地の所有権を取得したとして、昭和四〇年中にその所有権移転登記を経由したうえ、これを丸住製紙に対し、代金一〇八〇万円で売渡し、昭和四〇年二月一一日所有権移転登記をしたこと、木村旦子は従来から本件土地の管理一切を叔母である原告に任せてきたので、自己の取分として右代金の中から約四〇〇万円を受取り、残余を原告の自由処分に委ねたこと、そこで旭税務署長は右事実を課税物件として、木村旦子に対し本件決定をしたこと、ところがその後になつて、訴外伊東ヂウから木村旦子の家督相続を無効とし、同人および丸住製紙を相手方として、右各所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えが大阪地方裁判所に提起され(昭和四二年(ワ)第六二八二号)、控訴審を経て原告勝訴の判決が確定したこと、そのため丸住製紙に登記名義を保持させるべく、原告が奔走して前記伊東ヂウを含む本件土地の共同相続人らから丸住製紙に対し改めて各持分の移転を行なつたこと、これに要した費用として原告は約一三〇〇万円を支出したことを認めることができる。

三  ところで、課税庁のなした課税処分が無効であるといいうるためには、その処分時において当該処分に重大かつ明白な瑕疵の存することを必要とするものと解せられるところ、右認定事実に照らせば、本件決定のなされた当時、木村旦子と丸住製紙の間には本件土地の所有権譲渡行為が存在し、木村旦子は右行為による経済的成果を亨受していたことは明らかである。

そうすると、旭税務署長のなした本件決定は無効ということができないし、また本件決定が取消されたとの点については、原告においてその主張も立証もしていないから、いずれにしても、被告が収納した前記金員は、何ら法律上の原因を欠く利得ではないといわなけれはならない。

四  本件の如き場合においては、国税通則法は決定を受けた者が同法所定の期間内に、課税庁に対し、更正の請求をするか若しくは課税庁の更正を求めてその職権発動を促す等の手続をとることにより、その救済を果たすべく予定しているのであり、反面それらの手続を怠つた者に対し救済を拒否する結果になつたとしても、課税関係を早期に決済しようとする同法の趣旨を付度すれば巳むを得ないものというべきである。

五  よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 増井和男 若原正樹)

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